「市民の森の来歴を掘り起こす」講話録画公開

2025年5月17日に開催した「未来に残そう市民の森」イベントでの、鈴木卓也氏(南三陸ワシタカ研究会事務局)の講話「市民の森の来歴を掘り起こす」の講話録画を公開しました。
市民の森のこれまでの来歴をたどり、市民の森の価値と意義、これからの展望について語られています。

羽田山は神山川や面瀬川など市内を流れる主要な川の源流が羽田山であり、大切な水源の山です。円錐形で良く目立つ室根山が気仙沼から眺められる男性的な「父なる山」とすれば、それと対をなす、なだらかでどっしりとした羽田山が「女神山」のイメージです。

古文書から辿ると、羽田さんの西部丘陵地域は、1642年の江戸(寛永)時代の頃にはすでに山麓の4つの村の入会地として記録されており、その後もさまざま変遷ありつつも協働利用の入会地(共有地)として管理利用されてきました。

昭和48年※に、105haの森林が宮城県と気仙沼市によって「気仙沼 市民の森」として定められ、遊歩道、休憩所、駐車場、子どもの国などが整備されました。(※動画では昭和46年と説明していますが誤りで、昭和48年に訂正します)

市民の森は、さらに平成元年、人と自然のふれ合いの場として「①心身の保養リフレッシュ ②森林文化の学習 ③人と自然、人と人の喜びの輪」の目的が定められ、年間6000人~12000人が市民の森を訪れました。これらの目的は、むしろ現代に必要とされる魅力と機能であること、市民に愛され活用されてきた市民の森の来歴と先人たちの想い、市民の森の今日的価値について話されました。

最後の動画では、鈴木さんの南三陸での取り組み、地域住民やボランティアによる旧火防線などの尾根道を刈り払い、動植物の生息環境を確保、地域の生物多様性を高める取り組みを紹介しました。